美濃んちゅの酒場

岐阜を愛する若者が、様々なことを調べたり調べなかったりするブログです。ローカルネタから真面目なネタまでジャンルはゆるめです😁✨✨覗いてみてください。

太多線が好き

JR多治見駅から美濃太田駅を結ぶ、太多線

多治見と言えば、初期には多治見を経由して岡崎市とも結ばれる「岡多線」も計画されていた(結局高蔵寺から出る愛知環状鉄道がそれに代わっている)。それほど多治見は交通の要衝であるが、そんな多治見と美濃加茂市を結ぶ路線が太多線だ。

そもそも多治見と美濃加茂を繋ぐ必要がなぜあったのか。多治見は美濃焼の集積地であり、そこから美濃太田(厳密には可児郡今渡)の河川舟運を利用して名古屋へ運ばれていたという歴史がある。

そんな歴史あるルートを通る太多線が僕は好きだ。なぜなら座席の座り心地がいい。

路線の駅に商業地が何もない(何かあるのは可児くらい)のはいささか寂しいが、このふかふかの座席に座れればそんなのたいした問題じゃない。

僕は今日も、多治見からわざわざ太多線に乗り、各務原へと帰るのだ。

恋人が失恋ソングを聞いていたら浮気を疑え

恋人。

それは人生において最も重要な関係といっても過言ではない人物のこと。

一説によれば、恋人と過ごす時間は人生において睡眠の次に素晴らしいとも言われており、人間が生活するにあたり恋人はなくてはならない。

恋人との関係は、人によって異なる。

親友のような関係もあれば、性処理の対象としか見ていない下衆な関係性もある。下衆と表現したが、恋愛のカタチは人それぞれなので表現を改めよう。

さて、そんな恋人たちの中でも最も「結婚」に近いとされるのが「同棲カップル」だ。同棲カップルとは、結婚する前に疑似夫婦を演じることで、マタニティブルーなどを軽減するために実施するカップルによる同居生活を指す。

そんな同棲を続けるカップルから、先日このような話を受けました。

 

「彼が失恋ソングを聞いてるんだけど、どうしたんだろう?」

 

この話を聞いたとき、「ああ…」と思ってしまいました。なぜか。それは、彼が浮気しているから。

厳密には、浮気に走ろうとしている状況かもしれません。浮気に走る前に、その浮気心を消すために失恋ソング(恋人ではない誰かを想いながら)を聞いているのです。

私は、彼氏の思考を読み取りましたが、同棲カップルの関係性を壊したくないので何も言いませんでした。

 

え?

お前の理論には根拠がないって?

根拠ならある!

なぜなら、、

 

俺が彼女でない誰かを好きになってしまった(?)ときに、失恋ソングを聞いているから!

 

って、友達がいってました。

僕は浮気心なんてありませんよ。

ほんとに。

 

え?さっきの話の根拠?

だから友達が…。

 

積ん読が増えていく

私の趣味のひとつに、書籍の購入があります。

こう自己紹介すると「読書が好きなんですね!」という理解をされるが、私は読書は好きではない。【書籍の購入】が好きなのです。

そもそもなぜ読書の嫌いな私が書籍を買うことを趣味としているかについて説明しておきましょう。

私は自分でいうのもなんですが、知識欲がかなりある人間なのです。知らないことは表面上でもいいから、なんとか知りたいタイプ、つまり「雑学大好きうんちく太郎」なんです。

知識欲が豊富なせいで、本屋に行くのがめちゃくちゃ好きなんですね。入荷されている本を見れば、流行りのものがわかりますし。

でも本を読むのは苦手。活字が本当にダメ。頭がいたくなる。だけど、本は好き。かっこいいし、おしゃれだし、誰かの知識がつまってる。自分の知らない誰かの知識がほしい。

私は、本を買うことで、誰かの知識を買っていると思っています。読んでいない本も多いので、その買った知識が身についているかはわかりませんが。

なので本はどんどん増えていきます。

しかしいっこうに読まれません。

最近は将来子供が出来たときに子供が読むかな~くらいの感覚で買っています。

最近買った本は、デュルケームの社会分業論です。

子供が読むわけないか笑。

四日市で突然胸を揉まれた話

どうも雪丸です。

早速ですが、皆さんは町を歩いていたら突然知らないおじさんに胸を揉まれたことはありますか?

 

そんなことが起こったら、被害者が男性女性に関わらず、逃げるなり警察呼ぶなりしてください。

私はなにも出来ませんでしたが。

 

仕事で三重県四日市を訪れていた時のこと。昼御飯は何を食べようかな~と繁華街をうろうろしていたときに突然その瞬間は訪れました。

前から歩いてきた50代くらいのおじさんが、じーーーっと私の顔を見つめていました。

変な人だな、関わるのやめとこ。

そう思ったのもつかの間。

おじさんは私の右の胸を優しい手つきで2もみほどして、満面の笑みで去っていきました。

私は完全にフリーズ。ただ去っていくおじさんを2度見3度見するだけ。なにも出来ず、ただ困惑する私。

少し経ってようやく私の脳は冷静さを取り戻し、今起きた出来事を理解しようと情報処理を始めました。しかし処理が追い付かず再びフリーズ。

私は、気のせいだったことにしました。

 

しかし後から考えれば、これは非常に許しがたいこと。武道を嗜んできた私が、油断していたとはいえ体に触れさせてしまうとは。

あれが優しい2もみでなくナイフだったら…。なんたる不覚っ…!!

完全にたるんでいた…。

気の緩みが出てしまっていた…。

修行をしないといけないと心に決めたのでした。

 

何はともあれ、さすがは四日市

名古屋に負けず劣らず変人の宝庫ですね(偏見)。

次に四日市であのおじさんに遭遇したら、今度こそは間合いに入らせるような愚かなことはしないぞ!!と、心に決めた雪丸であった。

 

もやしの美味しいレシピ

モヤシを買います。

次にフライパンを用意します。

油を敷きます。

豚肉を入れます。

炒めます。

次にピーマンとニンジンを切って豚肉と一緒に炒めます。

塩コショウで味を整えます。

お皿に盛ります。

完成。

 

なんだこのごみ記事は。

【明治の道路を巡る騒動】瑞浪市所蔵『中街道開削之記』から

こういうマジメっぽい記事はアクセスが伸びませんが、懲りずに書きます(笑)。

皆さんは今普通に歩いている、もしくは走っている道路がどのようにできたか考えたことはありますか?コンクリートで固めて~とかの技術的なお話ではなく、いったいなぜその道路がそのルートで走っているのか、考えたことはありますか。

私が大学生の頃に「道路がなぜそこに必要とされていたのか」「なぜその道路は不必要となったのか」などといった「道路と地域」の関係性というものを研究していました。特に江戸末期~明治期にかけての交通が専門です。

学問分野では一応「歴史地理学」という分野に属していましたが、個人的には「歴史交通地理学」という感覚で研究をしていました。

今でこそ、道路はそこらじゅうを走っていて、都市部や郊外では道路のないエリアを探すことが困難なくらいに地面に道路が敷き詰められています。

そんな数ある道路の中でも特に重要だと考えられているものが幹線道路と呼ばれる国道や県道ではないでしょうか。これらの道路は地域と地域を結びつけるという重要な役割を持っているため、現在においても交通量が多かったり、道路整備費に結構な額が使われたりするんですね。

そんな現在の幹線道路の多くの原型となる道路が作られたのが江戸末期から明治にかけてなのです。私は、それらの道路がなぜ必要とされたのか、なぜそのルートなのかといった疑問を研究していくうちに道路の魅力に取りつかれてしまったわけで、標題の資料もそんな研究途中に出会った貴重な資料でした。

『中街道開削之記』は明治時代に現在の瑞浪市に作られた中街道と呼ばれる街道の開削について書かれた資料です。瑞浪市が所蔵しており、なかなか原本を見ることは難しいですが、瑞浪市史にもその要旨が書かれています。

中街道は、瑞浪釜戸から日吉方面に上り、次月に抜けていくルートで、江戸時代には中山道の裏道として村人が使う道でした。もともとは鎌倉街道といい、江戸時代に中山道が整備されるまでは地域の幹線道路の役割を果たしていたようですが、次第に裏道になっていきました。

この中街道を明治時代に、新たにちゃんと整備しようぜ!という動きが出始めます。東濃の人ならわかるかもしれませんが、恵那方面から可児・御嵩方面に抜ける現在の主要なルートは国道19号を西進し、土岐市の大富交差点から21号を北上するあのルートですが、あのルートが整備されたのは明治の後半に入ってからで、明治初期はもっぱら中山道(大湫・細久手を通る狭い山道)がメインストリートでした(当時の国道でした。)

ただ、中山道ってすごく不便なんですね。

めちゃくちゃ細い道なんです。

おまけに山が多い。

今だからハイキングコースにもってこいの歴史街道ですが、当時の人々にとっては不便極まりない道だったのです。

『中街道開削之記』にも次のようにあります。

可児郡御嵩村の中井尻より土岐郡釜戸村に至る数里の間は、往古鎌倉街道の道筋にして即ち古の国道たり。慶長以来、世は徳川の世に移り百事社会の変遷とともに、此中の街道も亦其余勢を蒙り、是を変換して今の大湫、細久手の二駅を設けたりと雖も、此道たるや已に世人の知る如く坂路甚だ多きを以て、迚も今日の国道に適せず。依て此間を往古の鎌倉街道に従ひ、再び道路を開設して以て交通の利便を計らん(以下略) 

中山道に比べたら、中街道はかなり峠も少なく、利便性の高い道だったのですが、江戸時代の政策の結果使われなくなってしまったと。だけどもう明治時代だし、もう新しく中街道を整備しようよ!っていうお話なんです。

まあこれには利用者は喜ぶでしょうね。便利になるなら喜びますよ。道が整備されたら通行量も増えますし、沿道の村々は儲かりますしね。

ところが、中街道を整備すると困ってしまう人がいます。

そう、中山道沿いの村々ですね。自分たちより利便性の高い道路が別に出来たら、利用者が減ってしまいますから。

「中街道開削之記」には次のようにあります。

日吉村北部の七組は凡て一体に不服を唱へ、殊に細久手駅は之が主唱となって大に之に反抗し、昼夜役場へ押寄せて、非常に拒絶を主張し、一方に於ては直に郡衙に向て哀情を訴願し、中々容易に開削なさしめまじきの景勢にて、遂に戸長(中略)の居宅を焼き払う等の落書を為して充分脅嚇の威を示し 

 中山道沿いの細久手はめちゃくちゃ反発した様子がわかります。

中街道の開削の賛成派の戸長の家を焼くぞとまで言ってるわけですからね(笑)。笑えないか。中山道サイドとしては生死がかかってますからね。

 

最終的には中街道は県道として整備されます。

その後地域でもろもろあって、地域の主要道路は現在の国道19号に移っていくのですが、中山道と中街道の関係って、現在の旧道とバイパスの関係にちょっと似てますよね。

 

そんな過去と現在の類似点を考えさせてくれる貴重な資料の一つである「中街道開削之記」を一部紹介しました。

またこの記事のアクセスが良ければもう少し面白く書いてみようかなと思います。アクセス伸びなければ、お蔵入りで(笑)

心の故郷信州へ行ってきた

みなさんこんにちは。

雪丸です。

10月1日から新たに東京都がGo toトラベルに追加され、これで実質全都道府県において旅行が解禁されたような感覚があります。引き続き感染症対策はしっかりとした上で、観光を楽しみましょう。

 

さてそんな私、雪丸家においても、ようやく仕事以外での県外移動が解禁されました!👏

いや~長かった。仕事で県外飛び回ってるのに、休日移動制限かけても意味あるのかな?と思いつつも、家庭ルールなので逆らえず…。

そんな雪丸、県外解禁第1弾に選んだのは、【信州安曇野】。

松本市の北部に位置し、アートの町とも知られる安曇野市に、ワサビを買いに出掛けて参りました。安曇野といえば、言わずと知れたワサビの聖地。ワサビ街道と呼ばれる通りがあるほど、町としてワサビを売っています。

そんなワサビを買いに行く前に、フラりと立ち寄ったのが安曇野スイス村。ここにカッコいいヤギがいるという雪丸センサーがビンビンに反応したため、急遽立ち寄ることに。


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いました。

今にでも逃げ出しそうなこのヤギ。

一瞬RPGに出てくる仙人のようにも見えてしまいます。

ヤギと一定時間睨みあった後、大王ワサビ農場へ。ここはもう言わずと知れた安曇野の観光名所なのでいちいち書くこともないでしょう。無事にワサビを手にいれました。

 

いやーやっぱり旅はいい。

人間は旅をする生き物だよ。

旅に出て、俳句や川柳を詠んで、自己満足。

それで人生は豊かになる。

というわけで、今回の旅の一句。

 

先人の 湧く意志繋ぎし 山葵かな