美濃んちゅの酒場

気づいたら三十路。文系出身、民間の調査研究員の戯れ言。

時間を守れないという謎

子どもならまだしも、大人になっても時間を守れない人が一定数いる。私の妻もそうだ。

なぜ時間配分がこれほどまで下手なのか理解に苦しむ。自分にも相手にも24時間しかない時間を、なぜ平気で遅れて無駄にさせるのか本当に理解できない。平気ではないのかもしれないが、だとしたらなぜ時間までに作業を終わらせたり、遅刻しなかったりできないのか。

私の妻に限らず、友人や同僚にも一定数時間にルーズな人がいるが、彼らに共通して言えることがある。時間にルーズな人間はお金にもルーズだ。

妻も家計には無頓着だが、時間を大切にしない同僚たちは特に自分の財布ではない会社のお金、仕事でいえば業務の予算オーバーをする確率が高い。まあ他人の時間を大切にできない人間が他人(会社)のお金を管理できるはずもないのは当然かもしれないが。

もうひとつ彼らに共通することとして、他責思考という点も私は挙げたい。

物事を自分事としてとらえない、いや、自分のことしか考えていないから基本責任は他人に擦り付ける。

待ち合わせ時間が過ぎた頃に「ごめーん電車が遅れてて10分くらい遅れる」と連絡してくる人間がいるとして、なぜ待ち合わせ時間が過ぎてから連絡をするのかも理解できないし、10分くらい遅れることがなぜ10分前にわかっていないのかまったく理解できない。

少なくとも10分遅れるなら10分前にはわかるだろう!!!

仮に待ち合わせ5分前に急に電車が止まってしまったとしてもなぜその段階で連絡してこない!!??

そもそも事後報告っておかしいだろう!!!!

もっといえばなぜそんなギリギリに到着する行動をとっているんだ!!!??

 

もしかしたら純粋に私が舐められているだけなのかもしれませんが、時間を守らない人の気持ちは永遠に理解できない。

地元は疎遠となりけり

人生の階段を上るほど人との縁は増えていく一方で、かつて遊んだ地元の級友や親戚との関わりは薄まっていくのを感じる。

地元に残っていれば仕事やプライベートでの交流があったのかもしれないが、地元を離れて早10年近い歳月が経ち、私が暮らした街に私のいた痕跡はまだあるのだろうか。

そんなことを考えながら過ごす春の夜。

プロジェクトの終わり

昨年1年間関わってきた大規模案件がようやく終了する。入社以来炎上案件の消化係として色々飛び回ってきたお陰か、他の都道府県を担当する他社が次々に炎上するなか、僕の担当した案件はなんとか無傷でおさまった。

 

仕事をするなかで感じるのは、どんな組織でも中央に近くなればなるほど頭のよい人が増えていき、簡単に闘りあう(というのは変ではあるが)ことが難しくなる。国でいえば、やはり官僚と呼ばれる人種は頭の出来が違う。

会議や打合せのなかで空中戦が始まったとして、地方の局レベルであればなんとか対等に戦うことができるものの、霞が関ともなると僕みたいな地方のコンサルはかなり苦戦する(というか新人だった頃にこっぴどくやられた苦い記憶が甦り戦場にすら立ちたくない)。

 

当然そんな官僚と日々やりあっている中央の大手シンクタンクやコンサルタントも当然高スペックなため、たまに仕事の依頼を受けて一緒に仕事をするわけだが、正直地方のお客さんの数倍の労力を使う。

 

誤解のないように申し上げると、地方を決して下げる意図があるわけではない。僕自信も地方サイドの人間である。しかしながら、やはり国家の運営に関わっている中央の人やその周辺の人と地方では求めてくる仕事の量や質が違いすぎるのもまた事実だと思う。

 

僕が担当していた案件も全国的な案件であるが、僕の担当は中央の案件ではなく地方の案件であった。

地方のコンサルは中央のコンサルに劣っているとは思わない。しかし、地方には地方のやり方があり、中央には中央のやり方がある。地方で中央と対等に闘えるコンサルはそう多くはない。

 

縁があり中央のシンクタンクの研究者と仕事をした際に言われた言葉がある。

「地方で相談できる相手が貴重なのですごく助かります」

その言葉が僕のなかで強く印象に残っている。僕は自分のことを優秀だとは思っていない。しかし必死に知識を溜め込み、自分のなかで情報を整理し「自分の意見」を作ることで優秀に見せることはできる。そうすることで、地方にいながら中央と対等に渡り合えるコンサルとして今後のキャリアを積んでいきたい。

 

1年間関わってきた案件の最後の打合せの時、先方の担当が「雪丸さんにすべて任せてよかった」と言ってくれると思っていたが、実際は「雪丸さん相変わらず鞄の中身ぐちゃぐちゃっすねw」と言われた。

僕は正直感謝の言葉を期待していたため落胆したが、こんな軽口を叩けるくらいには順調に終わったんだと帰りの電車で思うことにした。

ドライノーズでやられている

最近の雨不足は深刻な渇水を各地にもたらし、取水制限がある地域もある。我が鼻においても深刻な乾燥状態により肌は荒れ、鼻毛は枯れ果て荒野のような状態である。そこに花粉の大群が攻め混んでくると脳は反射的に鼻水を分泌させるが、枯れ果てた大地に水を流したところで割れた大地はすぐには戻らない。鼻をかもうとすれば割れた肌から出血し、大量の鼻血がでてくる。

 

どうすればよいのか…。

週休3日メンタル

弊社は残念ながら完全週休二日制である。

完全週休二日制ではあるが、土日に調査があることもある。その場合平日に代休を取得するわけだが、代休の次の日のメールボックスを想像すると憂鬱である。

 

さて、そんな一般的な企業に勤める私が最近編み出したメンタルケアがある。それが「週休3日メンタル」である。これは一体何かというと、至ってシンプルで「金曜日を休日だと思い込む」のである。

※思い込むだけで実際は平日且つ出勤。

 

休日出勤の経験がある社会人のみなさんならわかるかもしれないが、休日出勤ってなんかすごく独特の雰囲気があって、謎のやる気が出てくる。

「世間が休みの間に頑張ってる俺すごい!仕事を終わらせるぞ!」と謎のやる気が満ち溢れてくる。

 

「週休3日メンタル」はそのやる気を金曜日に生み出すことで、1週間のタスクをすべて片付ける事ができる画期的な手法なのだ。

 

当然金曜日は平日なので、社員も世間も普通に出社しているが、私にとっては休日出勤している仲間である。みんなで仲良く休日出勤である。

 

この「週休3日メンタル」には更にいい点がある。それは土曜日が連休中日になるのだ(?)。

更に日曜日は連休最終日。実際には2日間しか休んでいないのに、週休3日メンタルだと休日が3日間あった気になるので、なんかオトクな感じになる(?)。

 

この話を同僚にしてもなかなか理解されないが、実際これで私の業務効率は上がっている。

なのでみんなも是非やってほしい。

オススメだ。

 

 

ナポリタンをたべたい

ケチャップの香りが漂うキッチンから聞こえる野菜たちの叫び声。生きたいと叫ぶピーマンの頭を押しつぶし、空っぽの頭の中に僅かにある知識の種を無慈悲に洗い流す。

3人で仲良く暮らしていた人参のマイホームから、父親を引き抜き、泣き叫ぶ家族の前で皮を剥がされる。

そういえばスーパーで売っている人参は高圧洗浄かけているから、わざわざ皮を剥く必要がないらしいですね。

ソーセージ兄弟は無慈悲にもバラバラにされ、パスタたちは釜茹での刑。

さながらここはソーセージ・パーティーの世界。

ジュージューと食材達の叫び声が響き渡るフライパンの上で、今日も僕はナポリタンを作る。