仕事が終わり、家路につく。
19時を過ぎた名古屋の街にキャッチの姿はなく、店からは早くも客が足早に去っていく。
昔ならこれから店に入って酒を注文するという時間だった。
変わりきった日常に肩を落としながら駅へと向かう。
名古屋から約40分。最寄りの駅に到着すると、駅前はすっかり暗闇に。
悲しいかな。この明るくない景色にもすっかり慣れてしまった自分がいる。
いつか入ってみたいと思って勇気が出なかった居酒屋は数週間前に店じまい。
二度と灯ることのない赤提灯が、軒先で北風に揺られている。
暗い居酒屋とは対照的に、民家には煌々と明かりが灯る。
住宅街に築かれた家族団らんのアーチをくぐりながら、一人くらしの我が家へと駆ける。
遠くに暗い私の部屋が見えた。
なぜだろう。足が向かない。
いつの間にか私の足は、自分の部屋とは違う方向に歩き始めた。
気が付けば私は、自販機で缶ビールを買い、川沿いのベンチに座っていた。
「何してるんだろう」
そう呟きながら、缶ビールをあけ、口に運んだ。
そしてふと空を見上げると、月が煌々と輝いていた。
そこにあるはずの星は、月明かりにかき消されて、私の視界に入ってこなかった。
「月明星稀…」
英雄と群衆を対比させたその言葉が、すっと胸に浮かんだ。
明るい家庭の中、一人寂しく家路につく自分が惨めに思えた。
仕事もあまりうまくいかず、プライベートもうまくいかない今の自分が、月に隠れた星に重なった。
右手に持った缶ビールがなおさら惨めさを際立たせた。
が、次の瞬間ふと考えた。
もしかしたら私は月なのかもしれない。
今はもしかしたら新月なのかもしれない。
今は周りの星が輝いて見えるが、いつか再び輝くときがくるかもしれない。
そう思うと、すっと心が軽くなった。
今がうまくいってないだけだ。
また明日から頑張ろう。
星空を眺めて一人静かに決意した。
そんな2月の夜。